SATO Wataru Laboratory

聴覚障害のある統合失調症患者の表情認識障害


(Kubota, Querel, Pelion, Laborit, Laborit, Gorog, Okada, Murai, Sato, Yoshikawa, Toichi & Hayashi: Schizophrenia Research)



■はじめに

 聴覚障害のある個人においても,統合失調症は発症する.
 その症状は,通常聴覚の患者とほぼ同様である.

 近年,統合失調症患者では表情の認識に障害があるという報告がなされている(例えばKohlerら, 2000).
 だが,聴覚障害のある統合失調症患者について調べた研究はない.

 聴覚障害者のコミュニケーションにおいて興味深いのは,顔が言語的機能を果たすことである.
 手話では,表情が感情的な意味だけでなく言語的な意味を伝える.
 手話使用者は,顔の認識能力が優れていることなどが示されている.

 本研究では,聴覚障害があり手話を用いている統合失調症患者を対象として,表情認知を調べた.
 比較のため,基本的な顔認識能力を調べる課題も用いた.


■方法

<対象>
 聴覚障害のある10人の統合失調症患者を調べた.
 また比較のため,14人の通常聴覚能力の統合失調症患者と,10人の通常聴覚能力の健常者を調べた.
 
<手続き>
 表情認識課題
 基本6感情(怒り,嫌悪,恐怖,喜び,悲しみ,驚き)の表情写真を呈示し,適切な感情ラベルを選択させた.

 顔認識課題
 ベントン顔認識テスト(Benton, 1978)を用いた.
 これは,違う角度から撮った同じ人物の顔写真を答えたりする課題.


■結果 

 表情認識課題では,聴覚障害のある統合失調症患者は,通常聴覚能力の統合失調症患者よりも成績が低いことが示された.
 通常聴覚能力の統合失調症患者は,通常聴覚能力の健常者よりも成績が低かった.
 顔認知課題では,通常聴覚能力の統合失調症患者は,聴覚障害のある統合失調症患者・通常聴覚能力の健常者よりも成績が低いことが示されたが,聴覚障害のある統合失調症患者と通常聴覚能力の健常者との間に有意な差はなかった.

 各群ごとに,表情認識課題と顔認識課題の相関を調べた.
 その結果,通常聴覚能力の統合失調症患者では2つの課題の間に有意な正の相関が示されたが,聴覚障害のある統合失調症患者と通常聴覚能力の健常者においては,これらの課題の間に有意な相関は示されなかった.
 
 表情認識課題の感情ごとに各群の違いを調べると,恐怖の表情について,聴覚障害のある統合失調症患者や通常聴覚能力の統合失調症患者で,通常聴覚能力の健常者よりも成績が低いことが示された.
 また聴覚障害のある統合失調症患者では,怒りや驚きの表情でも,通常聴覚能力の健常者に比べると成績が低かった.


■考察

 聴覚障害のある統合失調症患者では,顔認識は正常だが,表情認識は低下していることが示された.
 
 統合失調症患者で表情認識が低下していることは,先行研究の結果と一致する.
 そして,今回の聴覚障害のある統合失調症患者での結果は,こうした統合失調症患者における表情認識の障害が,基本的な顔認識能力の低下では説明できないことを示す.
 
 聴覚障害者では,表情認識過程においていくつか特殊な側面があることが示唆されている.
 そうした過程が,統合失調症の発症により障害されるのかもしれない.

 今後,脳画像研究などによって,聴覚障害のある統合失調症患者の表情認知障害をさらに検討していく必要がある. 



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