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自閉症者が示す視線による反射的共同注意
(岡田俊・佐藤弥・村井俊哉・十一元三・久保田泰考・石坂好樹 (2002): 精神医学, 44(8), 893-901)
(さらにOkada, T., Sato, W., Murai, T., Kubota, Y., & Toichi, M. (2003): Psychologia, 46, 246-254.で検討しています)
■はじめに
自閉症では,対人関係やコミュニケーション能力に障害があるとされる.
Mundyら(1986など)は,自閉症児において共同注意(joint attention)の障害が存在することを明らかにし,共同注意は他者との三項関係で感情体験を共有する能力を反映していて,共同注意の障害こそが自閉症の基本障害であると考えた.
自閉症児では,他者の視線への追従など共同注意のあらゆる側面に障害があり,これらの障害の有無が自閉症の初期のスクリーニングにも有用であるとされている.
対人場面で他者の視線が動いた方向へ観察者の注意が移動するという現象は日常的に経験されることであり,これは他者の視線方向が何か重要な出来事(危険など)の存在を指し示す手がかりとなるために起こると考えられてきた.
しかし近年,視線手がかりパラダイム(図 1参照)を用いた実験心理学研究(例えばDriverら, 1999)により,他者の視線方向に意味がないと理解している場合でも,視線方向は観察者の注意を反射的に移動させるということが明らかとなった
(気にしてなくてもつい目に釣られちゃう,ということ).
このような反射的な機構が,自閉症児にも備わっているのかどうかは,これまで検討されていない.
本研究では,自閉症者において対人場面で観察される共同注意の障害が,認知行動過程のどの段階における障害であるかを明らかにするため,3名の自閉症者において反射的な共同注意の有無を検討した.
■方法
<対象>
自閉症と診断された成人男性3名を対象とした.
これらの被験者は,「心の理論」課題(1・2次)を誤答した.
また,会話によりアイコンタクトに至った後,実験者が左または右に置かれた対象に向けて視線を素早く動かし,共同注意に至るかを観察したところ,どの被験者においてもアイコンタクトは困難であり,再三の促しでかろうじてアイコンタクトに至ったものの実験者の視線への追従は認められず,共同注意には至らなかった.
<手続き>
Driverら(1999)の視線手がかりパラダイム(図 1)を用いて,被験者にターゲットの位置のボタン押しを求めた.
各試行では,課題と無関係な顔刺激が中央に出た後,ターゲットが右か左に提示された.
このパラダイムにおいて,視線手がかりは確率的にはターゲット検出のための手がかりになっておらず,このことは被験者にもはっきり伝えられた.
視線手がかりとターゲットの呈示間隔として,300msecと700msecの2つの条件を設定した.
<結果の解析>
反応内容と反応時間を記録した.
視線手がかりの条件として,視線がターゲットの呈示方向を示す有効条件と,視線と反対側にターゲットが呈示される非有効条件に分けて,それぞれの条件における正答の反応時間を解析した.
視線とターゲットの呈示間隔での違いも検討した.
■結果
反応時間は,視線手がかりが有効のときの方が,非有効のときより有意に短かいことが示された(図 2).
視線とターゲットの呈示間隔による違いは示されなかった.
■考察
本研究の結果から,正常被験者と同様に,自閉症者においても反射的な共同注意が認められることが明らかになった.
視線による反射的な注意の移動には特殊化された神経機構が想定されており,そのひとつとして扁桃体が注目されている.
扁桃体は,自閉症における障害部位として想定される最も有力な領域である.
本研究の結果から,自閉症児においても扁桃体機能の一部が機能していることが示唆される.
本研究における自閉症の被験者は,対人場面での共同注意は観察されないにも関わらず,反射的な共同注意は認められた−−すなわち,対人場面での共同注意と反射的な共同注意の間に乖離が認められた.
こうした結果は,共同注意を単一モジュールとして考え自閉症者ではこれが障害されているとする認知モデル(例えばBaron-Cohen, 1995)ではうまく説明できない.
PerrettとEmery(1994)が提案しているように,多段階の処理過程として共同注意を考えていく必要がある.
自閉症の対人コミュニケーション能力について,今後より詳細に検討していく必要があるだろう.
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